聖夜





冷たく心地良い風が絶え間無く吹き、白い雪が舞い踊る。
大地が雪化粧で白く覆われた、白銀の銀世界。
時折聞こえる風の音以外は何も聞こえない、静かな静寂に支配された世界。




その景色を小高い丘の上から眺めているコマンド化したシロンは、小さくそっと溜息を吐いた。
目を閉じて自分の胸に両手を置き、優しい声で囁く。

「・・・なぁ・・・出て来てくれないか?」
『・・・・・・』

やわらかな風がシロンを一瞬包み込んだかと思うと、シロンの目の前に半透明の白い光の幻影が浮び上がった。
三対の翼を持つ、誇り高きカネルドウィンドラゴンの幻影が。
ただその幻影は上半身しかなく、下半身はぼんやりとした煙のようにシロンと繋がっている。
シロンは自分の目の前に現れた、自分自身の中から出たその幻影に優しく微笑む。

「やっと、姿を見せてくれたな」
『・・・・・・』
「とりあえず、最初に礼を言わせてくれ」
『・・・?・・・』

神秘的な幻影は小さく首を傾げる。
どこまでも純白なその幻影は、ただただ美しかった。

「トロルと戦った時、窮地に陥ったオレを助けてくれて・・・その、ありがとう」
『・・・覚えて、いたのか・・・?』

幻影から聴こえる自分と全く同じ声。
驚愕している幻影に、シロンは苦笑してそっと手を伸ばし、幻影の肩辺りで手を止めた。
直接触れることはできなくても、肩に手を置いたように感じてくれることを願いながら。

「ハッキリとは覚えてねぇが・・・感じたんだよ」
『・・・そうか・・・』
「それから、オレはお前に言いたいことがあったんだ」
『・・・?・・・』
「もう・・・一人で泣かないでくれ」
『!?』

涙を優しく拭う動作をしながら諭すように言うシロンに、幻影は驚愕したようにビクッとして硬直する。
そっと幻影の両頬を包むようにして、シロンは真剣な瞳で幻影の瞳を射抜いた。

「“あの瞬間”から、ずっと独りで全部背負っていたんだろ?それで限界を超えちまったから、オレとランシーンに分かれたんだろ?」
『・・・・・・』
「使命や責任や客観的な記憶の部分は、ランシーンが持ってっちまったけど・・・オレには、お前がいるから・・・」
『・・・すまない・・・』

どこまでも哀しい光を浮べている幻影の瞳。
シロンの言葉に重い謝罪の言葉を言う幻影を、シロンは優しく抱き締めた。
翼の枚数以外は全く同じ体躯だからか、すっぽりと腕の中に納まる、という訳にはいかないが。
それでも細心の注意を払って幻影の身体をすり抜けないように、そっと腕を回す。
感触は無いが、どこか温かい気がした。
抱き締められた幻影の方は、ただひたすら驚愕して固まっている。

「謝んなって。オレはお前を責めてる訳じゃない」
『・・・え・・・?』
「オレは夢の中でずっとお前に会っていた・・・いや、そうじゃない。お前を見ていたんだ」
『それは・・・どういう意味、だ?』

腕の中で戸惑いつつ押し返そうとするかのようにシロンの胸に両手を置いて不安気な声を出す幻影に、シロンは小さく苦笑する。
これが、レジェンズウォーでの最高指揮官だとは、全く思えない。
ガリオン達から聞いた威厳に満ち溢れた姿はそこに無く、混乱と戸惑いで不安に満ちた心細そうな姿のみ。
自分の腕の中のカネルドウィンドラゴンに、シロンは優しく囁いた。

「ずっと泣いてたお前に、『泣くな』って伝えたかった・・・オレの声は届かなかったけど」
『私が・・・泣いて、いた・・・?』
「あぁ。声を出さずにただ涙を流して泣き続けるお前を、こうして抱き締めて『もう大丈夫だ』って、言ってやりたかったんだ」
『・・・私は・・・』
「否定しても無駄だぜ?オレは夢でお前の記憶を見て知っているし、お前の本心や感情も感じて知っているんだから」
『・・・そう、か・・・』

幻影は深く溜息を吐くと、そっとシロンの胸に置いていた両手を背中に回して抱き締め返した。
そっと風が触れるような感覚でも、幻影が自分を抱き締め返してくれたことにシロンは安堵する。
シロンの首元に顔を埋めた幻影からは、まるで迷子の幼児のような不安に満ち溢れた感情が伝わって来る。
それと同時に・・・言い表せない程の深い嘆きと癒しようの無い哀しみも。

「・・・なぁ・・・これからは、ずっとオレがいるから・・・」
『・・・ふっ・・・ぅ・・・』
「時々は今みたいに姿を見せてくれ・・・オレがこうやって、お前を抱き締められるように・・・」

シロンに縋りつくように抱きつき、声を殺して泣く幻影。
その背中を優しく撫でるように片手を動かしながら、シロンはずっと伝えたかった言葉を想いを込めて優しく囁く。
優しいシロンの言葉に小さく頷きつつも、幻影は緊張の糸が切れたみたいに声を出して泣く。
涙を流して声を上げて嘆き哀しむ幻影を、シロンはただただ優しく抱き締めて背中を撫でる動作を続ける。
いつのまにかシロンの瞳からも、水晶のような綺麗な涙が流れていた。




暫くして幻影の泣き声が聴こえなくなり、シロンがなんとなくそっと幻影を見遣ると、幻影は泣き疲れたのか・・・眠っていた。
幻影の身体がぼやけ始め、ゆっくりと透き通るようにして消えて行く。
自分の中に吸収されるようにして消える幻影の頬に、シロンは小さくキスをした。

「おやすみ、“シロン”・・・良い夢を」

シロンの言葉が終るか終らないかで、幻影の姿が完全に消える。
シロンは宙に浮いた自分の腕を、その何も無い空間を切なく見つめた。

「せめて・・・夢の中だけでも、安らいでくれ・・・」

小さな小さな呟きは、白い吐息と共に風の中に掻き消えた・・・。








どれくらいの時が経ったのか・・・








シロンに雪が降り積もり金色の鎧の肩部分が真っ白になった頃、シロンの背後に静かに降り立った者がいた。
その者はゆっくりとシロンに近付いたかと思うと、背後から力強くシロンを抱き締め、シロンを驚かせた。

「っ!?」
「シロン・・・探しましたよ」
「ラッ、ランシーン!?」
「すっかりと雪塗れになって・・・一体、何があった?」

ランシーンが雪を払う度に、その下から鎧の金色の輝きが甦る。
シロンから雪を払い落として抱き締め直すランシーンは、シロンの瞳から涙が流れているのを見て軽く眉を寄せた。
絞め殺さんばかりに力強く自分を抱き締めたランシーンの強い意志の光を宿している瞳を見て、シロンは温かな感情に満たされて微笑んだ。

「何でもない・・・ただ、もう一人のオレに会っただけだ」
「・・・もう一人の?」
「あぁ・・・オレの中で眠っている、もう一人のオレだ」

シロンの言葉にランシーンは驚愕し、シロンは微笑を深めた。
ランシーンの胸に両手を置き、そっと顔を埋める。
温かなランシーンの体温を感じ、力強い鼓動の音が聞こえ、シロンは再び静かに涙を流す。

「シロン?」
「ランシーン・・・ランシーン・・・」
「どうした?」

優しく背中を撫でながら心配そうに聞くランシーンの言葉にシロンは答えず、ただランシーンを繰り返し呼ぶ。
最初は訝しげにしていたランシーンも何も言わなくなり、自身の温もりを分け与えるようにシロンを抱き締める腕の力を強めた。




逞しい胸板に縋りついたシロンは暫くすると、ポツリポツリと言葉少なに事情を話す。
黙って全てを聞き終えたランシーンは静かにシロンの涙を舐め取り、小さく呟いた。

「聖夜の奇蹟だな・・・」
「え?」
「忘れたのか?今は聖夜だ。聖夜の時は奇蹟が起こると言われているだろう?」
「・・・忘れてた・・・って、アレが奇蹟?」

小首を傾げるシロンにランシーンは頷き、優しい瞳でシロンを見詰める。

「お前の中に眠っているカネルドウィンドラゴンにお前自身が会えた。本来はありえない現象なのだから、奇蹟と言える」
「そっか、そうだな・・・って、あぁっ!!」
「どうしたシロン?」

深く頷き納得したシロンはランシーンの腕の中で驚愕の声を上げ、大事な事を思い出した。

自分を愛しげに見つめるランシーンを見て気付いたこと。
今宵は聖夜。
贈り物を交換して互いの幸福を祈る日。

なのに自分は贈り物を用意していない上に、今日が聖夜だということも忘れていたのだ。


「ランシーン・・・どうしよう・・・」
「何が?」
「・・・贈り物の交換・・・」
「あぁ、そうだったな」

ランシーンはシロンの言葉に思い出したように頷き、自身のポケットから黄金色の腕輪の様な物を取り出す。
そしてシロンの尻尾を捕まえてそっと先に口付けた。

「シロン、愛している。これからも私の傍にいろ・・・そして、幸せになれ」
「・・・ラン、シーン・・・」

再びシロンの尻尾の先に口付けてから、手に持った金色の輪を嵌める。
スルッと少し滑った後にしっかりと止まったその輪は、まるで誂えたかのようにしっくりと馴染み、シロンは驚いた。
シロンは指輪代わりの尾輪だとすぐに悟り、さらにランシーンの独占欲の象徴でもあることが分かって頬を染める。
お返しとなる自分の贈り物が無いことに、シロンは内心で軽くパニックに陥った。

「・・・シロン?」


凄く嬉しいランシーンの心からの贈り物に返せる物を、自分は持っていない。
何も持っていないけれど、ランシーンへの想いを伝えることは、できるから・・・

「ランシーン・・・あ、ありがとな・・・凄く、嬉しい」
「シロン・・・」
「あの、それで・・・その、オレからの贈り物、なんだが・・・」
「ん?」
「・・・こんな、オレで・・・良ければ・・・オレを・・・」
「・・・シロン・・・」

予想外のシロンの言葉にランシーンは驚愕し、絶句した。
シロンは頬を染めて目を閉じ、背伸びしてランシーンの頬にキスを贈る。
驚きの表情を浮べるランシーンをシロンは潤んだ瞳で恥しそうにちょっと上目遣いで困ったように見ると、再びランシーンの胸に顔を埋めた。
ランシーンの胸に抱きついているシロンは、首元まで真っ赤に染まっている。

「もう、とっくの昔に・・・オレの身も、心も・・・オレの全部を、お前にあげて・・・もう、残ってる部分なんて・・・無い、けど・・・」
「・・・・・・シロン」
「でも・・・重複しても、良いなら・・・オレを・・・」
「シロンッ!!」
「んっ!?んん・・・ふっ・・・ぁ、ん・・・」

あまりのシロンの可愛らしさにランシーンの理性は吹き飛び、シロンが最後まで言い終わる前に深く口付けた。
突然のキスに驚くシロンの口内を、ランシーンの舌が息継ぎの余裕さえ奪うように荒々しく蹂躙する。
何もかも奪われるような激しいキスにシロンは思考がぼやけ、全身から力が抜けカクンと膝が折れそうになり、ランシーンに抱き留められた。
シロンの全身から力が抜けたのを見抜いたランシーンは、辛うじて若干の理性を取り戻してキスを止める。
いつのまにかコマンド化が解けているシロンにランシーンは内心で苦笑し、シロンの目元にチュッと小さくキスして囁く。

「最高の贈り物ですよ、シロン・・・ありがたく頂こう」
「・・・ラン、シーン・・・?」

頬を染めくったりと自分に身体を委ね、潤んだ瞳で上目遣いに小首を傾げるシロンに、ランシーンは再び理性が飛び、不敵な笑みを浮べる。
その笑みにシロンは本能的に危機を感じたが、最も安心できる場所であるこの腕の中から出ることすら思い浮かばず、ただ不安そうに名を呼んだ。
それが更に拍車をかけているとは、夢にも思わずに・・・。

「ランシーン?」
「帰ったら存分に堪能させてもらおう・・・ベッドの中でな」
「ぇっ?・・・はぃっ!?って、ええぇぇっ!?ちょっと待て!!」

シロンの驚愕と抗議の声はランシーンにとっては馬耳東風状態。
ランシーンは上機嫌で横抱きにしっかりと抱き上げたシロンを強く抱き締め、空へと舞い上がった。
最初は真っ赤になって抗議を続けていたシロンも、雲の上に出る頃にはランシーンにぎゅっと抱きついて微笑む。








仲良く空を翔る2頭のウィンドラゴンを、空に輝く満天の星々が、静かに見守っていた・・・。










End.



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