彼を形容する美辞麗句は無限に存在する。
寧ろ筆舌に尽くしがたき完璧な存在。
誰もが彼にそんな賛辞を送る。
けれど、そんなモノは俺から言わせれば『テメェ等の目は節穴だ。』っだ。



「・・・カビ臭。」

古書独特の臭いに俺は眉間に皺を寄せる。
正直眼が見えない癖に、未だに読書の趣味は変わらない。

今居るこの場は、書庫というよりも書物だけが詰め込まれた聖堂のようなこの場所。
吹き抜けの高い天井。その天井には大型の丸い翼と羽が描かれたステンドグラスがはめ込まれ、それを縁取るようにルーン文字で祝福の詩が書き込まれている。
そのお陰で、この書庫には常にやわらかい陽射しが降り注ぐ。
そんな中、中央に据えられた革張りの真紅のソファーの上に鈍い黄金の糸が輝く。

「書庫の温度や湿度は調整されていますからね。致し方無いことでしょう。」

本から目を逸らすこともせずに、言っていることはまともだが、酷く投げやりな言葉に俺は眉間に皺を寄せる。
コイツに正面から力押しで行っても、正攻法で行っても『暖簾(のれん)に腕押し』『糠(ぬか)に釘』だということは既に分かっている。
右斜め45℃を突くようなものでなければ、コイツの余裕は奪えない。

「それで?どうかしましたか?」

バタンっという音を響かせて手元の本をランシーンが閉じる。
一度どうやって読んでいるのか是非聞いて見たいものだ。

「誰だか知らねぇけど、探してたぞ?」

「・・・クスクス。誰だか分からなければ、どうしようもないでしょう?」

俺は、中央のソファーまで大またで進んでいくなか、ランシーンは俺の不手際を嘲笑う。
コイツから誰かを馬鹿にするという箇所を抜いたら一体何が残るのか、これも是非聞いて見たいものだ。
そんな事を想いつつ、俺はランシーンと差し向かいの位置のソファーに座る。勿論、ドカッっという擬音が適切なような荒っぽい座り方だ。

「探されるアンタが悪いんだろうが。」

ソファーの手すりに肘を突いて顔をあわせず吐き捨てる。
コイツには今は『光』は見えていないはずなのに、表情を読みぬくことがやたらと上手くなったと気付いたのは、トルネードの神殿に戻ってきて少ししてからだ。
俺の知らないランシーンの過去が見え隠れしているようで、なんともいえない。

「・・・フフフ。そうですね。では、仕事に戻りましょうか?」

「さっさとそうしろ。アンタはここの『王様』だろ。」

此方に顔を向けて話すランシーンに、俺は視線も顔もあわせない。
絶対にその顔には深い笑みが刻まれているからだ。
見ると余計に気分が悪い。

「そうでしたね。これでも『トルネードキングドラゴン』の地位ですから。」

「・・・。」

すっと立ち上がったランシーンの影響で俺の視界が暗くなる。
そして直ぐに影は遠のき、カタンっと本を戻す音がやたら静かな部屋に響いて、余計にいらつく。
何で、こんなにいらいらするのかはわからない。
長いとは言わないが、見下されたりするような生活から離れていた所為か、生きているだけで苦悩を感じる日々を送った所為か。それとも・・・過去の己が受けた数々の仕打ちが掠めるからか。
要因は山のようにありすぎて、むしろ、全てのことからこれほどまでにいらだつのかもしれない。

「さぁ、行きますよ。」

「・・・あ、あぁ。」

俺は、一瞬のためらいの後。その手を取った。




実に可愛げのある行動だ。
それがここ最近の私のシロンに対する見解。

戦争が終わり、シロンの籍をヴォルケーノから正式にトルネードに戻してからというもの。シロンの行動は以前とは違って硬い。
この聖域と呼ばれる神殿は、私にとってもシロンにとっても、決していい思い出がある場所ではない。
とはいえ、既にこの身は『トルネードキングドラゴン』という冠位に封じられている。容易くこの場から出ることは出来ない。
シロンだけでもこの神殿から出そうとも考えたものだったが、それはシロン自身によって却下された。
『側に居たい』っと暗に言うシロンが愛しい。けれど、今のシロンは私に対しての『負い目』や『畏怖』が同居している。
これを溶かすことは容易くないことも認識している。

「何処に行くんだ?!そっちは、執務室じゃねぇだろ!?」

ずるずるとシロンの手を引きながら、回廊を足早に進む。
向かう先は庭園。そこは私とスリング、スペキュリアス以外はまず入ってくることの無い場所。
そこまで行けば此方のものだろうし、彼等の思惑でもあるだろう。

「良いんですよ。これが、貴方が言っていた『仕事』の内容ですから。」

私は、クスクスと抑え切れない笑いが零れ落ちる。其れがシロンの感に触るのか『そんな訳ねぇだろ!』っと此方を罵り始める。っが、それは余計に私の笑いのツボを刺激するようなものだ。

「執務室で行う仕事だけが、公務と言う訳ではないのですよ?」

「・・・だったら、今回の『仕事』ってなんだよ?」

不貞腐れたシロンの声に、私は笑みを一層深いものにする。
実際には、今日の公務は飛び込み、期日未定、を除けば既に終わっている
。 戦後生き残るとは思って居いモノとして、それ以前の時点で戦後対策など練り終わっている。草案も数多ある。
よって、それ程の混乱はトルネードには無い。元々が『ストーム』と『アースクエイク』から受けた戦後の傷も重なっていて、困窮を極めすぎていて、これ以上の混乱は起こりえないというのもあった。
結果だけで言えば、全てを更地にしたようなもので、逆に采配を揮い易い。

「・・・そうですねぇ。あえて言うのであれば・・・『接待』ですね。」

そういいきってはみるものの、笑えることこの上ない。
シロンは当然、訳が分からないといった表情だろう。悪態も絶えない。

「アンタが『接待』するほどの奴に、俺を同席させてもいいのかよ!?」

「良いに決まっているでしょう?」

そういいきる時、丁度庭園へと抜けた。

「本日は、我が庭園におこし頂きありがとうございます。」

シロンの目の前に立ち、恭しく片手を胸に添えて腰を折る。
それに面食らったのか、とげとげしさのこもっていた気配が一瞬で払拭さる。

「・・・何のつもりだ。」

すぐさま不機嫌な雰囲気を漂わせる。
嵌められたと悟ったのだろう。其れは間違いなく正解だ。それに、嵌められたのは何もシロンだけではない。

「貴方が私の『接待』の相手っという事ですよ。」

そう、嵌められたのは私とて同じこと。
けれど、それに自ら嵌りに行ったか、知らず嵌められたかの違いはあるというところだろう。

「・・・何でそうなる。」

苛立ちを隠せずに居るシロンに、苦笑いを浮かべるしかない。
やはり、こういう回りくどい方法は好みではないか。

「・・・正直に白状しますよ。あの二頭が仕掛けたことですよ。私の休養も兼ねて。」

フゥっと一つため息を零す。
彼等は私が書庫に行けば、そこで膨大な資料を読み漁ると分かっている為にこんな周りくどいやり口を選んだ。
けれど、それだけではない。
シロンのここ数日のイライラを感じ取った結果でもある。
なんとも彼等にとっては、一石二鳥なことだろう。

「俺はダシにされたって訳か。」

ムスっとより一層機嫌を損ねるシロンに、私はなんともいえない表情を作ることしか出来ない。

「中らずしも遠からず。っと言った所ですね。」

一気に距離を詰めて正面からシロンを抱きしめる。
一歩引いた場所に常に立つシロン。
けれど、構われなければ苛立ち。此方がその一線を越えてくるのを待っている。
天邪鬼で臆病な気質。それは今回の戦争で更に度を増した。
触れるもの全てを不幸にしてしまうとでも想っているのだろうか?だとしたら、そんなものは私だろう。
そして、シロンをココまで臆病にさせたのも・・・。

「な!?なんだよ!?」

慌てふためきながらも逃げようとはしないシロンに気付かれない程度に笑みを刻む。
やはり、一線を此方から越えてしまえば、彼は逃げない。
嬉しさと同じだけの罪悪感。なんとも言えない。

「いいえ、何も。ただ、近頃こうして抱きついていないと想いまして。」

「・・・。」

動くことをやめたシロンをより一層抱きしめる。
罪も罰も背負ってみせる。
それだけの事をしてきた。何を言う資格すらも存在しない。


「なぁ・・・。」

「なんです?」

一体抱きしめてどれ程経ったのか。
お互いの温度が溶け合って、境界が曖昧に感じられる。

「俺たちを嵌めやがったのは、スリングとスペキュリアスなのか?」

不意に投げられた内容に、一瞬頭がついて行かない。
っが、どこか楽しそうな気配だけは感じられる。

「えぇ、間違い無いでしょう。この領域で私を謀(たばか)ろうなどという事を仕出かすのは彼等だけですからね。」

顔を上げることはせずに、クスクスと笑って応える。
私は今回の策謀は事後承諾で良いと想っていた。けれど、其れは前言撤回としよう。



「おはよう。」

「あぁ、おはよう。」

執務室の大きな扉を両手で押し広げて中に入る。
本来であれば居るはずの中央上座の一番豪勢な卓には我等が傅(かしず)く主の姿は無い。

「作戦は上手くいったと見て良いのだろうか?」

扉から自らの卓へと足を進めながら、反対側の卓に座る同僚へと視線を投げる。

「さて、どうでしょうね。あの方がそう簡単にかかってくださるとは思えませんが・・・。」

そう言いながら、目を閉じて何かしている。
朝の定期連絡という奴なのだろう。部下からの膨大な情報を一気に流し込まれて良く纏められるものだ。
だが、其れが出来なければ直属筆頭などという影に徹する諜報部隊のトップには成り得ない。

「それはそうだが、今ココに居ないということが答えではないか?」

「一概には言いきれないでしょう。」

「まぁ、それもそうだが・・・。」

カタンっと音を立てて椅子を引き、本日の仕事に取り掛かった。
主の分もこなさなければならず、普段よりもその量は多いのだが、ワーカーホリックの上司のため。
いたし方が無い。


控え目な扉を叩く音が響く。
「失礼いたします。」

カラカラっとカートの押される音と共に執務室に入ってくる。
それはいつもお茶を用意する者。
ゆっくりと丁寧に入れられているであろう紅茶が蒸すときに発する心地よい香が鼻腔をくすぐる。
けれど、頭を上げることは出来ない。
それを赦してくれる程仕事の量は少なくは無い。

「どうぞ。」

カチャンっと卓の上に見慣れたティーカップとそれを置く見慣れた三叉の黒い手。そして、濃紺の鋭い爪。
そんな特徴を有する個体は世界広しと言えどもたった一体しか居ない。

「・・・へ・・・陛下。」

ギリギリと錆び付いたゼンマイ仕掛けの人形の様に首が動く。

「私(わたくし)は、ただのバトラーに御座います。名立たる軍部の統率者で在らせられるスリングさまを拝顔できたこと、眼福の極みと存知ます。」

にっこりと天使のような笑みを浮かべる悪魔がそこに居る。
燕尾服を纏った主の姿に、冷や汗やら脂汗やら悪い汗がダラダラととめどなく流れてくる。
反対側をみれば、そこには同じ格好をしたシロンが口元をゆがめている。

「・・・昨日のことは、誠に申し訳ありませんでした!!ですから、このようなことお辞め下さいませ!何卒!」

椅子から飛びのき即座に膝を折る。
詫びる他に私は手段を知らない。
ここまでのことをするほどまで機嫌を害するような事はしていないと想っていたが、予想外の効果を得てしまったらしい。
こうなってしまえばもう、どうなるのか分からない。
主を謀(たばか)る重罪を犯して唯で済むわけがない!
ただ、悪ふざけの体であることから、公に罰せられるということが無いだけにすぎない。
寧ろ、公に罰せられる方がマシ!と言いたくなる様な裁可が下される恐れが大有りだろう。

「・・・っと、言っていますが。どうします?」

磨き上げられた床に頭がつかんばかりに下げているために陛下の顔色を伺うことは出来ないが、間違いなく楽しんでいる事が分かる。
伊達に戦争を共に掻い潜った間柄ではないのだ。

「そうだな・・・。ランはどうなんだよ?」

「そうですねぇ・・・。」

楽しそうな二頭の会話とは裏腹に私の背筋どころか内臓から手足から、何から何まで冷たくなっていく。
シロンには、物事に対する『手加減』という言葉を知っているが、陛下にはそんな言葉は存在しない。
そんなことはシロンとて知っているというのに、判断を陛下に投げるということは相当な怒りを買ったということか・・・!?

「では、こうしましょう。

 軍事執政官 サンダーバード・スリング。
 王付き直属部隊 伝令師・スペキュリアス。
 両名を『トルネードキングドラゴン ランシーン』の名に置いて命ずる。

 本日より7日間、執務室仕えの執事とする。
 この間、本職である軍部、及び、直属の全権を私『トルネードキングドラゴン』に返上。

 これは勅命である。」

勅命で在れば従うのが臣下の役目。
だがしかし、これは事実上の休暇命令。
しかも、全権返上となれば仕事は全てワーカーホリック代表の陛下の肩にのしかかる。
返上ではなく、委譲という形だけでも取ることが出来れば部下に分散させるという方法もあるのだが、さっさとそれは手を打たれた。

「・・・謹んで拝命致しました。ですが、陛下・・・。」

「フフフ・・・。
 分かっていますよ?
 全権返上ではなく、委譲させろと言いたいのでしょう?
 ですがそれでは、今回の処罰になりませんからねぇ?」

その言葉に胃がきりきりと悲鳴を上げる。
休ませる目的が、過剰な仕事を押し付ける結果を招くことをもっとも避けたかったというのに、この結果・・・。
痛烈な仕打ちに涙が出そうだ。

「あぁ・・・それとも、燕尾服を纏うのが嫌ですか?
 まぁ、格好などさして問題ではないですから、着て頂かなくて結構ですよ?
 どの道貴方方を顎で使うのは私とシロンですし。
 普段より一名増えるだけですよ。」

ケラケラと実に楽しそうに語る陛下に、涙してよいのやら、笑えば良いのやら、もう既にそんな気力も起こらないのかもしれない。
燕尾服を纏うだとか、陛下やシロンに顎で使われることはどうでもいいのだ。
寧ろ、陛下には常日頃から顎で使われているのだ。さして問題など無い。
こうなればもう・・・。

「・・・誠心誠意。執事業務を真っ当させていただきます。」

私はガクリとその場にへたり込んだ。
私の卓を入れて二つ向こうに居る同僚もきっと同じだろう。
あれは私より、開き直りが早いからこの状況をもしかしたら楽しんでいるのかもしれないが・・・。

「クスクス。それでは、執事っぷりを拝見させていただきましょうか?ねぇ?シロン。」

「ック・・・。そうだな。」

実に楽しそうな二頭の会話がどこか遠くで聞こえたような気がした。




☆その後

「アッサムにございます。」

カチャッと陶器が跳ねる僅かな音と共に広い筈の卓にある、唯一の小さな空きスペースに紅茶の入ったティーカップを置く。
下手に書類に触れないように細心の注意を払って。

「ありがとうございます。スリング。」

「・・・いいえ。」

言葉に詰まる。
卓の上に詰まれた書類の山という山を見るだけで口からソウルドールが出ていてしまいそうになる。
唯でさえ、復興途中でありながらも、ヴォルケーノの復興にまで尽力すると誓約している陛下の仕事は多いというのに、これはもう『忙殺』という言葉すら生温い現状を作り出している。
だというのに、陛下におかれましては悠然と、寧ろ、上機嫌に仕事をこなしていく。
幾ら超然とした書類処理能力を持っているからといって、身体は一つしかないのだ。
ましてや、陛下は過去に過労で倒れた前歴がある。

「・・・陛下。シロンはどうなさったのですか?」

「シロンでしたら、書庫で書類整理の真っ最中でしょう。
 この計画の発案はシロンですから、真面目にやっていることでしょう。
 何より、貴方方をギャフンと言わせることが出来て実に楽しそうでしたよ。

 この書類の山に関しては、彼には裁可を下す権限を与えていませんし。
 何より、為政者でもなければ、軍属でもない。やらせたことも無ければ、やったことも無い。
 ですから、これが妥当な采配でしょう。」

クスクスと笑いながら言ってくるが、笑い事では全く無い。

「我等をギャフンと言わせたいのでしたら、もう十二分です。ですから・・・。」

「嫌ですよ。
 そうやって心底困った顔をする貴方を見るのは実に面白いですからねぇ?
 この仕事の山も何の苦にもなりませんよ。」

きられた言葉に続いた内容に、私の目の前は真っ白になったのは言うまでもあるまい。



- 了 -



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